うまいコーヒーの、飲みかた。

「クソッ、コリャひと雨くるなっ!。」
容赦のない真夏の太陽が照り付ける、蒸せ返りそうな空気のなかで、レストハウスの階段を降りながら僕は呟いた。
軽い昼食を済ませレストハウスを出たとき、ふとこれから走ってゆく尾根のあたりへ目をやると、二つ目の峰のあたりに黒い雲が、わざと置いたとしか思えないように、立ちはだかるようにかかっていて、そいつはまるで、僕がこれから行くのを手薬煉引いて待っているようにも見えた。
その雲のある向こうの方から道路を走って来たクルマに目をやると、この青空の下で恥ずかしいほどズブ濡れで、ひどいクルマになると、まだワイパーを動かしているのもいた。
諦めた僕は、タンクバッグからセパレートの赤い上下のレインウエアを取り出して着込んだ。
51×50
9.4:1
37/8500
3.2/7500
408㏄
SOHC
と、言うデータを持つ僕の赤い相棒は、今年の暮れで36歳になる。
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薄いスモークシールドをホックで取り付けたジェットヘルメットをかむり、しっかりオイルコートを施したシープスキンのグラヴを着けた僕は、軽い屈伸運動をしてオートバイに跨ると、キックペダルを出した。
キックペダルを慎重に踏み込み、ピストンが上死点に来たのを確認してペダルを踏みかえ、一気に踏み下ろしエンジンを始動した。
別にセル・モーターが壊れているのではなく、そうやってエンジンを始動する事で、自分に気合いを入れてみたんだ。

尾根を走る道路に出て五分もしないうちに、まるでクーラーのそれのような冷たい風が僕の両頬を摺り抜けていった。
そいつは次第に湿度を帯び始め、首筋の辺りに纏わり付くようになってきたと思ったら、雲間から見え隠れしていた初夏の太陽はついに消え失せ、真昼の二時過ぎだというのにヘッドライトを点灯しなければならないほど、真っ暗になってしまった。
「ゴアテックスのレインウエアだもん!。こんなのチョロいぜッ!。」
ヘルメットの中で、僕は声に出してそう言ってみた。

「オウワッツ!?。」
カ~ン!と、大粒の滴がひとつ、シールドにぶちあたり、砕けた。
「あ~びっくりした!。」
と、僕が気を抜いたのとほぼ同時に、まるで、稼働中の洗車機のなかに放り込まれたような雨の中に、僕はいた。
両腕と両脚そして背中を、無数の小さな手で小刻みに連続して叩かれていると言えばいいのか?。容赦無く大きな雨粒が、空から僕に打ち付けられた。
心の中で、『ゲッ!、こんなのってアリかよ!』って、叫んでみたもののどうすることもできず走り続けるしか出来ない今の状況を、『この雨を降らせている雨雲は、きっとそんなに大きくないに決まってるっ!』と、自分に言い聞かせた。
しかし、その後十五分走っても、二十分走っても、雨足は一向に衰えないばかりか遂には雷まで鳴り出す始末で、とうとうヘルメットのシールドに塗り込んであった強力曇り止めも効力が限界に達したとみえて、あっという間に三割程度の視界しか確保できなくなり、もう暫くは、口で息をすることは出来なくなってしまった。
「エゲッ!、嘘や~ん!。」
さらに二十分ほどした頃だったろうか?、僕は最大のピンチを迎えた。
それはもうどっぷりと、信頼していたゴアテックスのレインウエアの内側が、なんの前触れも無くいきなり、濡れた。
それは僕が子供の頃に、怒り狂った多摩川の濁流がアパートを飲み込んでいったのを目の当たりにした時よりも、ショックとインパクトを持った出来事に僕は感じた。
背中の腰の辺り、つまり、ケツの割れ目の上あたりから、粒状の雨水が、割れ目のラインを冷たくトレースして穴に到達したとたん、瞬く間にトランクスへの侵略を成功した。こうなるともう濡れる物はなくなるわけで、僕は観念するしかなかった。
諦めと同時に、笑いたいような気持ちに僕はなった。
きっとそれは、こんな思いまでしてもオートバイで走り続けることを止められない自分を、笑ったんだろう。
この大雨の中を、ひとりきり全裸になって走るのも一興だとも想った。
レインウエアの内側がどっぷりと濡れてから、さらに時間が過ぎていくと、何故だかわからないけど、こうムラムラと怒りが胸の中に込み上げ始めてきた。そいつは、胸の内側がとても痒いような苦しいような、筆舌に尽くし難いほどの苦痛となって、僕を困らせた。
「あと五キロ、あと五キロ行けば展望台だぜっ!。気合入れるぜっ!。」
声に出して自分を励まし、赤い鉄馬の相棒に軽く鞭をいれた。

高度が上がり、展望台に近づくにつれ、次第にキリが濃くなりはじめた。
展望台まであともう二キロくらいのあたりから、僕のオートバイのすぐ前を走る家族連れのクルマさえぼんやりとしか見えなくなってしまい顔を上げたとき、ヘルメットとシールドの隙間から雨水が幾条ものラインを描いて流れ落ちてきた。僕はそれをグラヴの甲で拭ってみると、雨がかなり弱くなっていることに気付いた。
しのつく雨、それにもまして濃いキリ。そして隙さえ見せればロックしてやろうと待ち構えているような後輪ブレーキと、ハイワッテージのフォグランプだけ点灯させながら、スピードを落さずセンターラインを割り込んで曲がってくる“四駆バカ(実際コレが、一番恐い。)”等のおかげで全身から疲れがどっと出はじめて、とくに疲労が激しい目の奥がジンジンと痛み出したとき、やっと展望台の三日月のような建造物が見えてきた。
右に大きくカーヴしている道路の外側に、立ててある標識を確認して、左の合図を出し、白いペイントで路面に描かれた長い矢印をたどって、僕はオートバイを展望台のパーキングスペースに入れるとそのまま横切るように進み、展望台の建物の下にあるスペースにオートバイを止めた。
サイドスタンドを立てニュートラルを確認すると、僕は軽くアクセルを煽ってエンジンのスイッチを切り降り立つと、タンクバッグの中から、ポケットコンロとボンベを取り出し組み立てて、ケトルにポリタンクから水を注ぎ込んでコーヒーを入れるための準備をして、コンクリートの縁に腰を下ろしてヘルメットとグラヴを取ると、思わず深い溜息が出たのと同時に、寒さが僕のからだを襲い始めた。


                おわり


          ※このドラマは、フィクションです。

by Don。(田沼 雄一)
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by dn-racing | 2009-04-14 19:59 | story
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