カテゴリ:story( 3 )

Good-luck and Good-bye.



 「うわっ、あつ~っ!」
 お目当てのモノの買い物を終え、少し肌寒ささえ感じたデパートから一歩踏み出した私は、むせ返る真夏の熱気と、雑踏に思わず声にして呟いた。
 普段、こんな人混みの中へと余り身を置かない私にとって、この新宿と言う街は、得意なところではない。ハッキリ言って大嫌いな場所だけど、今日はどうしても、あるヒトへ贈るプレゼントのために私は来た。
 因みにあるヒトと私は、今年の秋頃、多分、結婚する。
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 この新宿西口に広がる広大なバスターミナルの中程に、バス停のある永福町行きの京王バスに乗るために、今にも降り出しそうなどんよりとした鉛色をした空の下、人波を縫うように暫く行くと、人混みの中に、突然懐かしい人を見付けた。 
 「あっ!、ヒロくん!。」
 その人と目が合った次の瞬間には、私は彼の名を呼んでいた。
 私に呼び止められた彼は一瞬、戸惑った表情を浮かべた。でも、雑踏の中に立ち止まった私を見つけ、彼は私に向かって歩きだした。 
 微笑む顔が、少しはにかむのが昔のままだった。 
 五年前の冬。
 彼と私の恋は、お互いの心を傷付けあって終わった筈なのに、今の私の中には、もう跡形もない。
 偶然会えたら、泣き出しちゃうと思っていたのに・・・。
 「・・・ユミ、暫く。元気だったか?。」
 「うん。あたしは、別にどうって・・・、元気よ。」
 「・・・そうだ、もしよかったら、お茶でもどう?。」
  月並な、本当に月並な彼からの誘いだった。なのに、私の心はちょっとだけ揺れた。
 そんな心の動揺を彼に悟られまいと、ショウ・ウィンドを横目で見ると、待ち合わせをした頃が、つい昨日のように鮮明な映像となって思い出されてきた。
 でも、今はもうどうでもいいことだったりする。
 「・・・うん。」
一瞬だけど、少しの間を置いてそう私が答えると、そのとき、彼の携帯電話が鳴った。
 慌ててサマージャケットの内ポケットから取り出すと、彼は話し始めた。
 「あっ、いま新宿。・・・これから電車に乗るところ。・・・うん、もうすぐだから。・・・おう、・・・ん、じゃ、あとでな。」
 左の耳に当てた電話の向こうの相手と話しながら、ときどき彼はすまなそうな顔に右手を立て、私に向かい謝る仕草をした。
 「ユミ、ゴメン。じつは、これから人に会うんだったんだ。」
 電話を切って、ポケットにしまいながらすまなそうな顔のまま、そう彼は私に話した。
 「・・・そのヒトって、ヒロくんの今のカノジョ?。」
 「えっ、どうしてそれが?。」
 少しイジワルっぽくして私が尋ねると、『あの微笑み』で彼は答えた。
 「あ、やっぱりズボシだったんでしょう。」
 「・・・ああ、ヒロコ。田中裕子って言うんだ。」
 彼が、彼女の名前を言い終えると、大粒の滴がポツリポツリと、空から落ちてきた。
 「じゃっ、・・・オレ、行くわ。」
 降り出した雨に追い立てられるように、そう言い残し彼は歩きだした。
 「・・・やっぱりあなたに、送って欲しい。・・・私のバスが、遠く消えるまで!。」
 駅へ向かう人の流れの中に溶けてゆく彼の背中を見ていた私は、気が付くとそう叫んでいた。
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 私の声に気付いた彼は立ち止まって振り返ると、ちょっと困ったような表情を浮かべたけど、急いで私の元へ戻ってきてジャケットを脱ぎ、私の頭からすっぽりと包んで肩を抱いてくれた。
 そのとき私は、ヒロシの彼の本当の意味での優しさを知ったような気がしたけれど、でも、それには時間が経ち過ぎていたことも、同時に身を持って感じた。
 今はもう、別々の恋人が待つ場所へと行き、お互いこれからもう二度と会うことなんて、きっと無い。
 そう思うと、バス停へ彼と走る私の胸の中は、キュッと締めつけられそうな気持ちで一杯になって溢れそうになったけど、それが彼に伝わらないよう懸命に我慢した。
 
 彼に手を引かれた私がバス停に走り込むと、発車寸前の永福町行きの京王バスに間に合うことができた。 
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 バスのエントランスステップに立った私は彼に振り返り、かけられていたジャケットを手渡した。
 「・・・じゃっ。」
 そう言って、彼は左手でジャケットを受け取り、私に向かって右手を差し伸べた。
 「・・・うん。・・・じゃあね。」
 彼の手を握りながら、そう答えるのが精一杯の私だった。

 動き出したバスの中から振り返ると、あのひとがたった一人バス停に残り、私の乗ったバスを見送ってくれている。
 その彼に見えるように、混んだバスの窓にGood luck and Good-bye と、大きく書いていた。
 「・・ユミは、きっと、しあわせになるからね。」
 心の中で、私は彼に誓った。





                     おわり


        ※このドラマは、フィクションです。




You Tube URL
http://www.youtube.com/watch?v=EYg92qdkJ2I
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by dn-racing | 2009-05-29 22:25 | story

うまいコーヒーの、飲みかた。

「クソッ、コリャひと雨くるなっ!。」
容赦のない真夏の太陽が照り付ける、蒸せ返りそうな空気のなかで、レストハウスの階段を降りながら僕は呟いた。
軽い昼食を済ませレストハウスを出たとき、ふとこれから走ってゆく尾根のあたりへ目をやると、二つ目の峰のあたりに黒い雲が、わざと置いたとしか思えないように、立ちはだかるようにかかっていて、そいつはまるで、僕がこれから行くのを手薬煉引いて待っているようにも見えた。
その雲のある向こうの方から道路を走って来たクルマに目をやると、この青空の下で恥ずかしいほどズブ濡れで、ひどいクルマになると、まだワイパーを動かしているのもいた。
諦めた僕は、タンクバッグからセパレートの赤い上下のレインウエアを取り出して着込んだ。
51×50
9.4:1
37/8500
3.2/7500
408㏄
SOHC
と、言うデータを持つ僕の赤い相棒は、今年の暮れで36歳になる。
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薄いスモークシールドをホックで取り付けたジェットヘルメットをかむり、しっかりオイルコートを施したシープスキンのグラヴを着けた僕は、軽い屈伸運動をしてオートバイに跨ると、キックペダルを出した。
キックペダルを慎重に踏み込み、ピストンが上死点に来たのを確認してペダルを踏みかえ、一気に踏み下ろしエンジンを始動した。
別にセル・モーターが壊れているのではなく、そうやってエンジンを始動する事で、自分に気合いを入れてみたんだ。

尾根を走る道路に出て五分もしないうちに、まるでクーラーのそれのような冷たい風が僕の両頬を摺り抜けていった。
そいつは次第に湿度を帯び始め、首筋の辺りに纏わり付くようになってきたと思ったら、雲間から見え隠れしていた初夏の太陽はついに消え失せ、真昼の二時過ぎだというのにヘッドライトを点灯しなければならないほど、真っ暗になってしまった。
「ゴアテックスのレインウエアだもん!。こんなのチョロいぜッ!。」
ヘルメットの中で、僕は声に出してそう言ってみた。

「オウワッツ!?。」
カ~ン!と、大粒の滴がひとつ、シールドにぶちあたり、砕けた。
「あ~びっくりした!。」
と、僕が気を抜いたのとほぼ同時に、まるで、稼働中の洗車機のなかに放り込まれたような雨の中に、僕はいた。
両腕と両脚そして背中を、無数の小さな手で小刻みに連続して叩かれていると言えばいいのか?。容赦無く大きな雨粒が、空から僕に打ち付けられた。
心の中で、『ゲッ!、こんなのってアリかよ!』って、叫んでみたもののどうすることもできず走り続けるしか出来ない今の状況を、『この雨を降らせている雨雲は、きっとそんなに大きくないに決まってるっ!』と、自分に言い聞かせた。
しかし、その後十五分走っても、二十分走っても、雨足は一向に衰えないばかりか遂には雷まで鳴り出す始末で、とうとうヘルメットのシールドに塗り込んであった強力曇り止めも効力が限界に達したとみえて、あっという間に三割程度の視界しか確保できなくなり、もう暫くは、口で息をすることは出来なくなってしまった。
「エゲッ!、嘘や~ん!。」
さらに二十分ほどした頃だったろうか?、僕は最大のピンチを迎えた。
それはもうどっぷりと、信頼していたゴアテックスのレインウエアの内側が、なんの前触れも無くいきなり、濡れた。
それは僕が子供の頃に、怒り狂った多摩川の濁流がアパートを飲み込んでいったのを目の当たりにした時よりも、ショックとインパクトを持った出来事に僕は感じた。
背中の腰の辺り、つまり、ケツの割れ目の上あたりから、粒状の雨水が、割れ目のラインを冷たくトレースして穴に到達したとたん、瞬く間にトランクスへの侵略を成功した。こうなるともう濡れる物はなくなるわけで、僕は観念するしかなかった。
諦めと同時に、笑いたいような気持ちに僕はなった。
きっとそれは、こんな思いまでしてもオートバイで走り続けることを止められない自分を、笑ったんだろう。
この大雨の中を、ひとりきり全裸になって走るのも一興だとも想った。
レインウエアの内側がどっぷりと濡れてから、さらに時間が過ぎていくと、何故だかわからないけど、こうムラムラと怒りが胸の中に込み上げ始めてきた。そいつは、胸の内側がとても痒いような苦しいような、筆舌に尽くし難いほどの苦痛となって、僕を困らせた。
「あと五キロ、あと五キロ行けば展望台だぜっ!。気合入れるぜっ!。」
声に出して自分を励まし、赤い鉄馬の相棒に軽く鞭をいれた。

高度が上がり、展望台に近づくにつれ、次第にキリが濃くなりはじめた。
展望台まであともう二キロくらいのあたりから、僕のオートバイのすぐ前を走る家族連れのクルマさえぼんやりとしか見えなくなってしまい顔を上げたとき、ヘルメットとシールドの隙間から雨水が幾条ものラインを描いて流れ落ちてきた。僕はそれをグラヴの甲で拭ってみると、雨がかなり弱くなっていることに気付いた。
しのつく雨、それにもまして濃いキリ。そして隙さえ見せればロックしてやろうと待ち構えているような後輪ブレーキと、ハイワッテージのフォグランプだけ点灯させながら、スピードを落さずセンターラインを割り込んで曲がってくる“四駆バカ(実際コレが、一番恐い。)”等のおかげで全身から疲れがどっと出はじめて、とくに疲労が激しい目の奥がジンジンと痛み出したとき、やっと展望台の三日月のような建造物が見えてきた。
右に大きくカーヴしている道路の外側に、立ててある標識を確認して、左の合図を出し、白いペイントで路面に描かれた長い矢印をたどって、僕はオートバイを展望台のパーキングスペースに入れるとそのまま横切るように進み、展望台の建物の下にあるスペースにオートバイを止めた。
サイドスタンドを立てニュートラルを確認すると、僕は軽くアクセルを煽ってエンジンのスイッチを切り降り立つと、タンクバッグの中から、ポケットコンロとボンベを取り出し組み立てて、ケトルにポリタンクから水を注ぎ込んでコーヒーを入れるための準備をして、コンクリートの縁に腰を下ろしてヘルメットとグラヴを取ると、思わず深い溜息が出たのと同時に、寒さが僕のからだを襲い始めた。


                おわり


          ※このドラマは、フィクションです。

by Don。(田沼 雄一)
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by dn-racing | 2009-04-14 19:59 | story

Fall in Love.


九月中頃。
僕のとっても好きな季節。
太平洋高気圧に煽られた猛暑も、やっとひといきって言う感じ。
午後のゆるい時間、ふと気がつけば、涼やかな風が、甘い香りを運んでくる………。
こんなとき僕は、N360のカンヴァストップをフルオープンにして家路に就く。
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そしていつものように、大学の入り口にある横断歩道のこの信号で、停まる。
仕事帰りのこの時間帯にこの道を通って帰ると、必ずといえるほどのタイミングで、この信号で停められる。けれど、むしろ僕は、それを愉んでいたりもする。
それは、この大学の門から建物まで、両側をけやき並木でおおわれた路が延びていて、黄昏色に色づいた木々の枝葉と木漏れ日が、よりいっそうの美しさをもって、仕事で疲れた僕の心を、癒してくれる………。

もうひとつ、僕がこの信号で停まりたくなる、ほんのささやかな愉みが、あったりもする。
それは、『彼女』に逢えるから………。
でも、まだ名前も知らないし、まして、声なんてかけたりなんて………。
ただいつも、この時間、反対車線の停留所へ停まる“武蔵境”ゆきのバスに乗る彼女が、僕のN360が停まっている停止線の先にある横断歩道を、仲間達と笑いながらわたってゆくのを見つめているあいだのほんの一瞬、街の騒めきが、僕の中で止まってしまう。
だけど、そんな僕の思いが………、届くはずもなく………。
「きっと、君の瞳には、僕は透き通ってるんだろうなあ。」
ふと我に帰りそう気付くと、ほんの少しだけ、切なかったりもする。
けど、それでいいんだよ。
……それで。
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黄昏のなか、輝いた彼女の笑顔をみることさえできれば、 それはそれで、僕の一日が、ハッピーに締め括ることができるわけだし………。
それでいいんだよね………。
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by dn-racing | 2008-12-28 19:01 | story